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桑原 謙太朗



38
名前 くわはら けんたろう
生年月日 1985年10月29日
経歴 津田学園高−奈良産業大−横浜(07年D3巡目)−オリックス−阪神
入団年 07年に大学・社会人ドラフト3巡目で入団
在籍年 08年−10年
背番号 08年−10年[38]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
MVP
津田学園では2年夏からベンチ入りし、3年春からエースになるも甲子園には出場できす。奈良産大では、1年秋からベンチ入りしたが3年秋に社会人野球と対戦した際にカーブを狙い打たれて滅多打ちにあった。この変化球では先がないと考えた桑原は速いカーブの練習を開始したが、その副産物で大きな武器となるスライダーの変化を手に入れて大きく飛躍。4年春に奈良大戦でリーグ史上初の完全試合を達成すると秋には6勝1敗でチームの3季連続優勝に貢献してMVPに輝いた。リーグ戦通算27勝3敗。

先発初勝利
大学・社会人ドラフトの3巡目で横浜に入団するとルーキイヤーの08年に先発とリリーフで30試合に登板し3勝6敗、防御率4.74を記録した。8月16日の阪神戦では3回までパーフェクトに抑えると、その後も5回裏の無死三塁を無失点で切り抜けるなど粘り強いピッチングで9イニング、150球を投げ抜いて先発初勝利を7安打、2四球の完封で飾った。

シーズン終盤に好投
09年は二軍スタートとなったが、シーズン終盤に一軍に昇格するとリリーフで好投を見せて、9月29日の広島戦では先発で7回を1安打、無四球で1失点に抑える素晴らしいピッチングを見せた。だが打線の援護なく勝利投手を逃すと、続く10月6日のヤクルト戦でも7回を5安打、2四球で2失点に抑えながら勝利投手になれなかった。

オリックス移籍
10年は4月13日の中日戦で7対5とリードした4回表からの4イニングを3安打、無四球で無失点に抑えてアピールすると、これが認められて4月18日の阪神戦で1点をリードした8回表を任されたが、先頭の鳥谷を歩かせてしまうと、城島のレフト前ヒットで一死一、三塁からブラゼルにライトスタンドに場外「スリーランを運ばれて逆転を許してしまう。その後も5月15日の西武戦で大量リードを許した8回表に登板し連続四球を出してしまうなど、安定したピッチングが続かず5月27日の登録抹消。同年のオフにトレードでオリックスに移籍した。

二軍で好成績も
11年はウエスタン・リーグで21試合に登板して、防御率2.83、翌12年は22試合の登板で防御率2.61、13年は17試合の登板で防御率0.52と毎年のように二軍では格の違いを見せて、一軍での数少ないチャンスでもまずまずのピッチングを見せたが、12球団トップクラスの層の厚さを誇るオリックス投手陣に割り込むことは出来ず 14年オフにトレードで阪神に移籍した。阪神ではウエスタンリーグで15年に防御率2.52、16年には2.42と好成績を残したがなかなか1軍でのチャンスはもらえなかった。

2558日ぶり
オフからウエイトトレーニングを始めた17年にはキャンプで金本監督に真っスラを高く評価されるとオープン戦で好投を続けて開幕一軍に残った。広島との開幕戦で6回裏の無死一、二塁でメッセンジャーをリリーフすると原口のエラーに足を引っ張られながらも打者4人を抑えて広島の反撃を断つと、7回裏には新井のソロで1点を失ったが勝利に貢献、翌日には新井と再戦してライトフライに打ち取ってやりかえした。4月5日のヤクルト戦では同点で迎えた7回表無死一、二塁という正念場でマウンドに上がって犠打で一死二、三塁とされてからの代打攻勢を抑えると、その裏に糸井が勝ち越し弾を放って桑原に2558日ぶりの白星が記録された。

白星から36試合で1失点
連日のように起用された4月に月間13試合に登板して防御率0.73という素晴らしい成績を記録してドリス、マテオに繋ぐ7回を任されるようになった。7年ぶりの白星をを記録した4月5日から16試合連続無失点、5月24日の巨人戦で亀井のタイムリーで1点を失ったが、次戦から再び19試合連続無失点という期待をはるかに上回る活躍を見せた。首位攻防となった7月19日の広島戦で連続無失点がストップすると、以降は疲れが見え始めてピンチを背負うことが多くなったが、野球人生の一番の恩人という横浜時代の同僚木塚が身をもって体現していた「右投手は腕振れなくなったら終わりだ」という言葉を胸にシーズンの最後まで投げ抜いて、チームトップの67試合に登板して防御率1.51、43ホールドポイントで最優秀中継ぎに輝いた。

伝説の試合で滅多打ち
古巣横浜とのクライマックスシリーズでは第1戦で2点リードの8回表に登板してピンチを背負ったが倉本、桑原を打ち取って勝利に貢献した。だが豪雨の中で強行開催された第2戦では4対4の同点で迎えた7回表にマウンドへ上がったが先頭の梶谷が放ったキャッチャーゴロが泥に埋まって内野安打になるなどの不運もあってピンチを背負うと筒香の勝ち越しタイムリー、代打乙坂のスリーラン、倉本のタイムリーと滅多打ちにあってCS記録でPOとしても75年の山田久以来2人目となるイニング7被安打を記録してしまった。オフには年俸800万円から球団新記録となる463%アップの4500万となり、戦力外もよぎった前年の一軍登板0から大ブレイクとなった。

壊れるまで
オフには阪神タイガースMVPに選出されてベンツを贈呈され「不思議なことが起きています」とバラ色のオフに動揺を見せたが、10年前に中古で購入した愛車に「廃車まで付き合ってもらおうかな」とらしいコメントを残した。真価が問われる18年も開幕から安定した活躍を続けて、9月には12試合に登板して防御率0.77を記録するなど62試合に登板して防御率2.68、リーグ3位の32ホールドという好成績を残した。だが10月9日には勝てばCS決定の巨人に勝ち越し点を献上、古巣横浜のCSは消滅となった。

引退
19年は開幕1軍にこそ残ったが7試合の登板で抹消となり、以降は右ひじ痛で2軍での登板も果たせなかった。34歳という年齢もあって手術を受けない形での復帰を目指し、21年6月6日の練習試合で414日ぶりに実戦登板。9月10日に1軍昇格、13日の広島戦で513日ぶりの1軍登板を果たした。21年は開幕1軍入りを果たしたが7試合の登板で抹消となり、肩肘の痛みを抱えたたまま8月28日の四国ILの徳島戦で登板したが「まともに投げられなかった。もう駄目だなと思って」と引退を決断、9月25日にウエスタンリーグのオリックス戦で9回のマウンドへ上がって大下を三球三振に抑えて現役生活を終えた。


初記録
初登板 08年4月6日広島戦
初勝利 08年7月9日ヤクルト戦
初奪三振 08年4月6日広島戦:東出から
初完投 08年8月16日阪神戦:完封
初セーブ


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
08 横浜 30 1 1 3 6 0 76.0 85 8 33 7 52 2 0 44 40 4.74
09 横浜 11 0 0 0 0 0 30.2 18 2 9 2 17 0 0 6 6 1.76
10 横浜 18 0 0 1 2 0 25.0 25 4 16 4 19 0 0 17 17 6.12
11 オリックス 10 0 0 0 0 0 18.0 16 3 8 3 18 1 0 7 7 3.50
12 オリックス 2 0 0 0 0 0 2.0 0 0 1 1 1 0 0 0 0 0.00
13 オリックス 6 0 0 0 0 0 8.2 8 0 6 2 10 0 0 8 6 6.23
14 オリックス 4 0 0 0 0 0 5.1 7 0 3 0 6 0 0 1 1 1.69
15 阪神 6 0 0 0 0 0 6.1 9 1 6 0 5 1 0 6 6 8.53
17 阪神 67 0 0 4 2 0 65.2 52 2 10 3 63 2 0 11 11 1.51
18 阪神 62 0 0 5 3 0 57.0 52 6 12 4 65 1 0 19 17 2.68
19 阪神 7 0 0 2 0 0 5.0 10 1 3 1 6 0 0 9 5 9.00
20 阪神 12 0 0 0 0 0 10.1 7 2 4 0 8 1 0 4 4 3.48
21 阪神 7 0 0 0 0 0 7.0 8 2 4 1 7 1 0 7 7 9.00
球団 3年 59 1 1 4 8 0 131.2 128 14 58 13 88 2 0 67 63 4.31
通算 13年 242 1 1 15 13 0 317.0 297 31 115 28 277 9 0 139 127 3.61


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
08 横浜 32 13 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 7 1 1 .000
09 横浜 11 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
10 横浜 18 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
11 オリックス 10 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
12 オリックス 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
13 オリックス 6 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
14 オリックス 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
15 阪神 6 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
17 阪神 67 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
18 阪神 62 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
19 阪神 7 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
20 阪神 12 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
21 阪神 7 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
球団 3年 61 20 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 9 1 1 .000
通算 13年 244 21 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 9 1 3 .000


  クライマックスシリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
17 阪神 2 0 0 0 1 0 1.1 8 1 1 0 1 0 0 6 6 40.50
通算 1年 2 0 0 0 1 0 1.1 8 1 1 0 1 0 0 6 6 40.50


  クライマックスシリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
17 阪神 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 1年 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
08 湘南 4 0 1 2 0 17.0 17 1 9 8 8 8 4.24
09 湘南 15 0 4 3 1 65.0 71 5 14 34 28 27 3.74
10 湘南 29 0 4 5 0 69.2 73 3 28 45 36 31 4.00
11 オリックス 21 0 3 2 1 47.2 46 2 14 40 18 15 2.83
12 オリックス 22 0 5 1 0 58.2 57 1 23 47 21 17 2.61
13 オリックス 17 0 2 0 2 17.1 9 0 7 22 1 1 0.52
14 オリックス 35 0 1 2 3 38.1 46 3 22 37 19 19 4.46
15 阪神 26 0 0 1 2 25.0 19 1 15 20 11 7 2.52
16 阪神 29 0 1 3 2 26.0 16 1 7 21 8 7 2.42
18 阪神 1 0 0 0 0 1.0 1 0 0 1 0 0 0.00
20 阪神 13 0 0 1 1 13.0 15 1 4 16 8 8 5.54
21 阪神 5 0 0 0 0 4.1 4 0 3 3 0 0 0.00
通算 12年 217 0 21 20 12 383.0 374 18 146 294 158 140 3.29