:ドミニカ出身:
ドミニカ共和国出身。03年にドジャースと契約。06年からの3年間は主にルーキーリーグでプレー。4年目の09年にはA+でセカンド、サード、ショート、外野を守って経験を積み、打っても打率.290を記録した。10年にはAAで97試合に出場して出塁率363、31盗塁を記録し、AAAでも25試合に出場した。翌11年はAAで378打数103三振と三振を量産したが打率は.278で出塁率.370という好成績を残した。
:MLBデビュー:
12年にはAAAで17試合連続ヒットして5月14日にMLB昇格を果たすと、翌15日のダイヤモンドバックス戦で5回裏に代打で起用されてMLBデビュー、ウェイド・マイリーにショートフライに打ち取られたが、翌日には2番セカンドで起用されて初回にC・リチャードからタイムリーツーベースを放って初安打初打点を記録した。19日のカージナルス戦で2安打目を放つと翌日に3安打2得点を記録するなど8試合連続ヒットを放ってスタメンに定着した。
:2試合連続で決勝打:
6月4日のフィリーズ戦では3対3で迎えた9回表に無死三塁で打席に入りJ・パペルボンからレフト前に決勝タイムリーを放つと、翌日のフィリーズ戦でも0対1で迎えた8回表にC・リーから左中間へ逆転の2点タイムリーツーベースを放って勝利に貢献。6月17日のホワイトソックス戦でも3安打を放つなど約一か月間に渡って打率3割前後の好成績を残したが、6月23日から19打数連続ノーヒットと苦しんで打率が急降下、故障していたレギュラー野手が復帰したこともあって7月13日にマイナー降格となった。
:5打数5安打:
13年はMLB昇格からの数日でマイナー落ちを3度味わうなどMLBはわずか4試合出場に留まった。ブルワーズに移籍した翌14年は激しくメジャーとマイナーを行き来したが7月13日のカージナルス戦で5打数5安打を放つと以後はメジャーに定着して69試合に出場し、打率.274という好成績を残した。
:7本塁打を放つも:
15年は開幕こそAAAで迎えたが3試合連続猛打賞を記録するなど打率.422を記録してMLBに昇格。2本の満塁弾などで5対13と大量リードを許した4月21日のレッズ戦で6回裏に満塁ホームランを放ってメジャー史上4度目のゲーム3満塁弾を記録(10対16で敗れた)、5月10日から3試合連続ホームランを放つなどマイナー時代を含めてもキャリアハイとなる7本塁打を記録した。だがサードで起用された9月19日のレッズ戦で8回表にシューメーカーが打ち上げた飛球を追ってショートとレフトに激しく激突。グラウンドに倒れ込んだエリアンは身動きできないまま首を固定されて担架でカートに乗せられてグラウンドを後にした。
:横浜移籍:
16年は故障の影響もあったのかAAAで打率2割前後と低迷しメジャー昇格が遠のくと、ロマックの不振で新外国人選手を探していたベイスターズと5月15日に契約した。なおファミリーネームはエレラだが、チームには既にヨスラン・エレラが所属していたため登録名はファーストネームのエリアンとなった。
:初ヒットから3安打:
初出場となった6月1日の西武戦から4試合連続ノーヒットと苦しんだが、15打数目となった6月5日のロッテ戦の3回裏二死満塁で三遊間を抜くタイムリーを放ってスタンドから大歓声が上がると、これに乗せられたのか5回裏にセンター前タイムリー、6回裏にレフト前と3打席連続ヒットを放ってお立ち台に上がった。その後も打率は2割前後に留まったが6月25日の巨人戦で追撃のスリーベースと同点タイムリー、7月6日のヤクルト戦では8回裏に起死回生の逆転満塁弾を放つなど勝負強い打撃で激しくCSを争うチームを引っ張った。
:ヤクルトキラー:
前半戦最終戦となった7月13日の中日戦では好走塁を連発して3位ターンに貢献。球宴空けのヤクルト戦では初戦、第2戦で2試合連続ツーラン、第3戦では走者一掃のツーベースを放つなど3連戦で9打点の荒稼ぎを見せた。8月には41打数で4安打という極度の不振に陥ってスタメンを外れる試合も多くなったが、故障者続出で3番起用となった9月13日のヤクルト戦では勝ち越しスリーランを放つなど最後までCSを争ったヤクルト戦で通算33打点中21打点と活躍した。
:三浦の引退試合:
長年に渡ってチームを支えてきた三浦 大輔の引退試合として行われた9月29日のヤクルト戦ではソロホームランとツーベースに加えて、守備でも川端の走者一掃コースのツーベースでホームを狙った一塁走者を好バックホームで刺すと、一死満塁のピンチでも難しいバウンドのセカンドゴロで見事なバックホームを見せるなど必死に三浦を支えて大きな歓声を受けた。またCSファイナルでも2試合連続完封負けで後がなくなった第3戦で先制ツーランを放つなど数字以上のインパクトを残した。打率.218に加えてサイン間違いなどのミスも多く、残留は微妙とも言われていたが、得点圏打率.365(非得点圏.180)という勝負強さもあって大幅な年俸ダウンで残留となった。
:菊地 亜美:
来日当初からアイドルの菊地 亜美に似ていると話題になり、菊地 亜美が「ベイスターズのお兄ちゃん」とツイートし、球場にも観戦に駆け付けるなど好意的に反応した事もあってスポーツ紙などでも取り上げられた。
:外国人枠:
17年は初出場となった4月25日の阪神戦から6試合連続ヒットを記録したが、2番で起用された5月3日の巨人戦で3三振を喫してしまうと、翌日から同年にブレイクする宮崎がサードのスタメンに収まったこともあり出番が減少、セカンドスタメンで出場した6月11日の西武戦で0対1で迎えた8回表にバントミスからの痛恨の併殺に倒れ、7月には日本ハムからトレードで移籍したエスコバーが4人目の外国人枠に収まったこともあって二軍暮らしとなり同年限りで退団となった。 |
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