大橋 武尊
105
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名前 |
おおはし たける |
生年月日 |
2001年5月16日 |
経歴 |
IMGアカデミー−茨城アストロプラネッツ−横浜(21年育成D3位) |
入団年 |
21年育成ドラフト3位 |
在籍年 |
22年−23年 |
背番号 |
22年−23年[105] |
投打 |
左投げ左打ち |
守備 |
外野手 |
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:異色の経歴:
東京都港区出身、幼いころから野球好きの父親が買ってきたおもちゃのバットとボールで遊んでいた事もあって物心がつく頃には野球好きになっていた。5歳の時には家族旅行でロサンゼルスのドジャースタジアムでメジャーリーグを観戦、強烈な思い出となりメジャーリーガーに憧れを持った。小学1年から月島ライオンズで野球を初めて、中学時代にはクラブチームには所属せず個人レッスンなどで技術を磨いたが、中学に野球部がなかった事もあって実戦経験からは遠ざかった。
:IMG:
高校は野球部に所属するつもりだったが、キャビンアテンダントの母が進めてくれたアメリカのIMGアカデミーの短期留学体験に参加、ボンズの息子や上原の息子、テニスの錦織圭なども所属したトッププロ並みの練習設備を持つ環境に衝撃を受けて渡米を決意した。当初はほとんど英語が理解できなかったが、世界中から集まった同じく英語に苦戦する仲間たちと励まし合って英語を習得した。
:横浜入団:
パワーの差を感じた大橋はIMGの陸上コーチや元メジャーリーガーなどにに相談して走塁面に磨きをかけた。留学当初は4軍だったがトップチームにも昇格、IMGの卒業資格も得たが大学進学の準備期間として1年間IMGに残れる制度を利用して残留した。だがコロナウイルスが蔓延したため実戦経験を積む機会がなくなってしまった。卒業後は日本の独立リーグからNPB入りを経てのMLB移籍が夢に最も近い道と考えて帰国、茨城アストロプラネッツに入団すると、55試合で28盗塁を記録。ドラフト会議で横浜から育成3位指名を受けて入団した。
:代走:
ルーキーイヤーには1日限定の1軍昇格となった広島とのオープン戦で代走で起用されると、二盗、三盗を成功させて、打席でも途中出場ながら2安打を放ってアピールした。同年はイースタンリーグで51試合に出場、12盗塁を記録するとともに118打数33安打(打率.280)も放って打撃でも好成績を残した。翌23年はイースタンリーグで81試合に出場して打率.226ながら24四球を選び、11盗塁も記録したが同年限りで戦力外となった。 |
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二軍打撃成績
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チーム |
試合 |
打数 |
得点 |
安打 |
二塁 |
三塁 |
本塁 |
塁打 |
打点 |
盗塁 |
犠打 |
犠飛 |
四死 |
三振 |
併殺 |
失策 |
打率 |
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22 |
横浜 |
51 |
118 |
22 |
33 |
8 |
0 |
0 |
41 |
14 |
12 |
2 |
0 |
18 |
38 |
1 |
1 |
.280 |
23 |
横浜 |
81 |
155 |
25 |
35 |
3 |
2 |
0 |
42 |
13 |
11 |
6 |
2 |
27 |
50 |
0 |
4 |
.226 |
|
通算 |
2年 |
132 |
273 |
47 |
68 |
11 |
2 |
0 |
83 |
27 |
23 |
8 |
2 |
45 |
88 |
1 |
5 |
.249 |
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